おひとり様が緊急搬送されるとどうなる?

【はじめに】

 高齢の親が実家でひとり暮らししている。
こんな事例は世に溢れているものですが、
いざひとり暮らしの老親に何かが起こった場合、
どういった問題や課題に遭遇するかは経験しなければ
正しく認識できるとは思えません。

 私が経験者の方々から聞いた「ひとり親が搬送された!」
直後から発生した様々な問題やトラブルは誰にも当てはまる
深刻な問題でした。

 こういう話は自身が経験しないうちは他人事ではありますが、
いざという時に知っておけばかなり助かるものと思い、
今日は搬送から入院後までのごく限られた時間内でも
こういうことが起こるんだという内容を紹介したいと思います。

 なおここでは
今まで聞き及んできた複数の事例を一つにまとめ直して
ある家族が遭遇した一連の問題として紹介しています。

 かなりの長編になっていますのでそのつもりでお読み下さい。

 

 

【その時までの家庭の状況】

 配偶者を数年前に亡くし今はひとり暮らしをする80代の父、
場所は地方都市の郊外の分譲地のニュータウンの一戸建て
最寄駅からはバスで15分程度で徒歩ではやや遠い立地。
御多分に漏れずニュータウン自体が高齢化の波によって
空き家、空地が散在し、それに伴ってかバスの便数は
最盛期の半分ほどに、特に休日の日中はほぼ1時間1本で
平日でも朝夕の通勤通学時以外は30分間隔レベル。

 子供家族は隣県に暮らしており
クルマで片道約2時間、道路状況によっては3時間近くかかる場合もあり
月に一度訪問出来ればいい方で最近は3か月に一度のペースに。

 子供は自宅でWeb関係の自営業なので比較的時間の融通は付けやすく
サラリーマンよりは柔軟な行動がとり易い。

 こういった背景で配偶者亡きあと一人暮らしを続けていました。

 数年前から足腰の老化を口にしており、
何度か室内でよろけた、布団の端に躓いて尻もちをついた等は
子供も聞いていたようです。

 男の一人暮らしということもあり、そろそろ介護付き施設への入所や
デイケアのサービスを勧めていたそうですが、心身ともに健康だった
父親は話を聞いた際には行動を起こすようなことを言いながら
結局何もしないままズルズルと来ていたようです。

 それでもさすがに警備保障会社の見守りサービスや
包括支援センターとの話し合いの中で宅食サービスの利用を
開始し、アクシデント後の放置だけは避けられる手はずをしたのです。

 

【緊急搬送!】

 事件は日曜の午前中に起こりました。
日頃のルーチンワークである川岸の散歩に出ようと
支度をしていた時に見守りサービスのスタッフが
突然来訪してきたのです。

 ここから緊急信号が発信されたので確認に来ました
という話でいったん室内に戻り装置を確認すると
不注意なのか電源が抜けかかっていたそうで
そこから異変という判断が出されて信号が発信された。
 
 ここまでは笑い話で済んだのですが
その後スタッフを見送りがてら散歩に出ようと
玄関先まで出た際に、足を踏み外し3段ある玄関先の階段から
転倒し、左半身を強打したのです。

 目の前に見守りスタッフがいてくれたことが幸いし
即座に救急車を要請し、看護してくれたそうで
当人も意識はしっかりしておりとりあえず
玄関の施錠だけをスタッフに頼んで着の身着のまま
駆け付けた救急車で搬送されたのです。

 搬送を見送った後にスタッフから隣県の子供に
第一報の連絡が入り、続く第二報で搬送先を伝えたのでした。

 搬送時には自分で歩き言葉もしっかりと受け答え出来ていて
一件打撲で済みそうな様子だったそうです。

 連絡を受けて即子供はクルマで実家まで、
冒頭に書いたように片道約2時間で搬送先の病院に着きました。
なぜか今まで行きつけだった病院ではなく、実家から一番遠方にある
病院だったそうです。

 レントゲン検査の結果では打撲以外は損傷は見受けられない
本人も意識は正常で歩行も出来ているので帰宅してもOKとのことで
クルマに乗せて実家に帰宅して経緯の説明を受けたそうです。

 最初は動揺していたのか、気落ちしていたのか
うなだれた姿勢のままで声も小さかったようですが
落ち着きを取り戻してからはいつもの状態に回復し
室内をつかまり歩きもせずに普通に移動出来ていたのです。

 子供はあくまでも休日の病院で当直医の診察だから
明日の月曜には必ず再診するように厳命?して実家を出たのです。

 ですがこの父親、月曜に行かなかったのです!
痛むことは痛むが時間の問題だろうと勝手に素人判断してしまい
痛む腰を騙し騙し生活してしまいました。

 その結果、火曜の早朝に激痛が走り身動きすら出来なくなり
再び救急車のお世話になったのです。

 それほどの中、着替えや貴重品などをまとめ
手荷物にして救急車にはそれを持って搬送されたのです。

 この点だけは以前からいざという時にすぐに持ち出せるよう
貴重品や重要書類関係をバッグにまとめ応接のソファー脇に
置いていたことが幸いしたのです。

 もともとは地震や台風といった
天災の場合の避難を想定していたとのことでしたが
こういった場合にも十分効果を発揮したわけです。

 この点だけは評価していい日頃の対応でした。

 

【驚きの病院対応!】

 さて、搬送された病院へ出向き今後の手続き等を
説明されたそうですが、その時の話は以下のようなものでした。

・院内は全てマスク着用厳守で
・面会時もマスク着用で
・面会時間は「15分をめど」!
・面会は一日1回のみ
・面会は1回につき2人まで
・小学生以下の面会は禁止
・ワンフロアで最大3家族の面会に制限
・それ以外は1回の待合で待機、順次面会場所へ
・面会時間は14時から17時までの3時間
・なお15時から約30分はおむつ交換などで面会は自粛

 実際子供の経験で14時半に面会を申し込んだところ
平日にもかかわらず6組が待機状態で15時からの30分は
事実上時間外の扱いなのでほぼ1時間近く無為に待合の
ソファーにマスクしたまま座り続けたそうです。

 片道2時間かけて、1時間待機して、会話は15分、
再び2時間かけて自宅に戻ったのです…

 コロナを始め高齢者の感染リスクを考えれば
分からないでもない対応ですが、どうにも釈然としません。

 付け加えれば面会受付時に携帯番号を聞かれ
申込用紙に記載された時間からきっかり15分後に
携帯に時間が来た旨の連絡が入ったとのことでした。

 近隣にある他の総合病院がどういった対応をしているかは
分かりませんが、かなり厳しめの規定であることは確かです。

 当然日曜祝日は閉院で面会は原則叶いません。
土曜も場合によっては面会不可になることがあるそうです。

 サラリーマンの家族は事実上有休を取得しない限り
お見舞いも面会も出来ないような状態でしょう。

 さらに来客用の喫茶や食事の設備もなく
ATMも未設置でしたし、窓口での両替も
千円札のみの対応でカードや電子マネーは使用不可、
地方の病院とはいえ、相当なものでした。

 救急車による搬送では口出しは出来ませんが
自ら病院へ行けるような場合には
事前にこういった内情については調べておいた方が
入院後に後悔することがないと思います。

 高齢者であればあるほど
ひとりで不慣れなベッドで終日一人で過ごす。
おまけに体は自由にならず、痛みは続く。
食事も当然病院食の一択でしかない。
起床や食事、就寝時間も全て病院に合わせる。

 肉体以上に精神へのダメージは避けられないでしょう。
こういった環境になるとどういった変化が生じるか?

 次項でそれを説明したいと思います。

 

【せん妄が始まった】

 入院時に看護師やその後の主治医との面談の際に
年齢的にも「せん妄」は発生します、あまり深刻には受け止めないようにと
くぎを刺されたそうです。

 入院初日は上半身を起こして普通の会話で必要な品のリストアップや
懸念している案件などを家族に伝えることが普通に出来ていたそうで
あまりせん妄については関心が薄かったのですが…

 入院3日目に本人所有の携帯から家族に直接電話が入り、
意味不明なことを必死に伝えようとしてきたそうです。
痛み止めの薬の影響かと思いながら病院に向かうと
これがせん妄の始まりだったとのことでした。

 面会時にはかなり落ち着きを取り戻していたものの
完全に寝たきりの状態でろれつが怪しくなっていたそうです。
こちらの言うことは認識出来て理解も出来ていたようですが
何かを話してくるものの全く意味不明、読解不可だったそうです。

 その後数日経過して、病院からの連絡で
夜中に大声を発し、携帯で警察に電話すると言い始めたので
今は病院で携帯を管理していますので連絡は出来ないということを
ご了解下さいというものでした。

 どうも自由にならない体と今までの住環境とは
全く違う環境にいることが不安と混乱を招き
いわゆるパニック状態になってしまうのです。

 これもせん妄の特徴で、場合によっては
昼間でも無人の壁に向かって話しかけるような症状も
出てくるとのことでした。

 この方のケースでは
話の内容が変わると一瞬にして今までのパニックが
抜け落ちて現実に戻ったり眠りについたりと
様々な症状を示すようで、家族によってはいやでも不安になり、
主治医や担当看護師に詰め寄るケースもあるとのことでした。

 幸か不幸か、この老親は腰の骨折で身動きが取れない為に
徘徊や危険行動の心配はないようでしたが
それでも体を拘束しているバンドをしきりに外そうとしたり
家に帰ると声を出して騒いだり、先に書いたように監禁と勘違いして
携帯から110番しようとしたそうです。

 いわゆる「認知症患者」と類似していることから
場合によっては家族は必要以上に深刻に受け止め
今後の介護生活について一気に行動を起こすケースがあったり
嫌な話ですが、兄弟間での今後の面倒について、
責任のなすりつけ合いに進むケースもあったようです。

 入院時は全くの正常だった場合ほど
数日後の「激変」は家族には相当の衝撃です。

 看護師の話では入院後のケアに問題があったのではと
困惑の矛先を病院サイドに向けてくることもあるそうで
入院当初に最も力を込めて説明し、理解してもらう事です
と言われたそうです。

 話を聞きながら、私自身も
「この状態では万が一のための財産調査や当人の意向など
聞き出すことは不可能だな。」と思いました。

 このまま本当の認知症になってしまったら?
一人っ子ならまだしも、兄弟がいれば相続問題は避けられません。
任意後見人を付けていなければ家裁による法定後見人が財産管理を
担うことになり、その間の入院費や治療費等は事実上子供の負担と
なってしまいます。

 次第に病状が悪化するような疾病であれば
万が一に備えて事前に財産調査を行い、
相続の意向を子供に伝えておくことが可能です、
 
 ですがここに挙げた例のように唐突に入院、
判断力の著しい低下となってしまえば全てが後手に回ります。

 

【奔走する家族】

 先に書いたように
最初の緊急搬送の際には
「診断費預り金」を請求され、
二度目の搬送で入院となった際には
「入院保証金」の請求がありました。

 いずれもその病院ではキャッシュオンリーでした。
おまけに地方の私立病院だったせいでしょうか
銀行ATMが設置されていません。

 最初は日曜午後の搬送でしたが
金額が5千円で何とか対応出来たようです。
ですが二度目の入院搬送の際には手持ちが不足しており
翌日に5万円を納めることになったそうです。

 おまけに張本人の患者の父親は
所持金が無きに等しかった為、子供は自腹で支払いを済ませたのです。

 他にも利用している宅食のサービスを止めて欲しい、
 定期購読している新聞もすぐに止めて留守宅と気付かれないように、
 これ以外の定期購入しているあれこれを解約、休止など手配して欲しい、
 まさか入院とは思っていなかったのであれやこれを持って来て欲しい、
など等・・・

 これらも全てを同時に話してくれればうまく時間調整すれば
一日で片付けられるのですが、今日はこれを思い出した、
翌日にまた思い出した等、五月雨式に依頼してくるのが殆どだそうです。

 その都度、家族が奔走し後始末をつけていくのでした。

 中にはこんな事例もありました。

 親が暮らす地域は自治会が機能している地域だったため
毎回自治会長宅へ自治会費を持参して支払っていたそうです。

 幸いにも自宅からほんの数分の距離に会長がいるので
元来律儀な性格だった父親はどうにも気になっているようで
早々に代わりに会費を支払ってくれと家族に伝え、会長の苗字は
「アイザワさん」で、ちゃんと表札も出ているからと
かなり具体的な指示を出したそうです。

 ここまで詳細な情報なら間違いないだろうと
言われた通りのブロックに行ってみたのですが、
アイザワのアの字もない表札ばかりで空しく病院に戻ったそうです。

 その経緯を話すと
「そんなはずはないんだが、
思い出した、書斎の右の本棚に自治会のファイルがあった
そこに会長宅の地図と名前が出ているから間違いない!
もう一度行ってくれ。」と新たな指示が出ました。

 実家に戻りそのファイルを探し出し、中を見たら、
その会長はアイザワとは全くかすりもしない苗字だったのです!
家も地図の通りに進むとあったそうで無事支払いは済んだそうです。

「ああまで言い切っっていてなんだこれは!」
「最初からファイルの事を話してくれていれば二度手間にならなかった!」
と、子供は憤慨したそうですが、親の方も「あれ?そんな名前だっけ?」
と、首をひねっていたそうです。

 これはせん妄発症前でしたので単純な思い違いだったと思われますが
何にせよ、あやふやな記憶と指示によって無駄足を踏まされた子供でした。

 そして次に直面するのが公的支援の申請手続きです。

 

【介護保険の申請へ】

 完治しても以前のような生活をすることには
かなりリスクが伴いますから今のうちに介護保険の申請をお薦めします
概ね申請から手続きを経て受理されるまで1ヶ月はかかりますので
退院前後には認定されていればその後の手続きがスムースです
との医者の言葉から子供は市役所の高齢福祉担当の窓口に出向いたそうです。

 ここでも初めての介護保険の申請とばかり思いこんでいた家族でしたが
実は2年前に父親が一人で「要支援」の申請手続きをしていたのでした。

 事前に市役所のHPから必要書類をプリントアウトして
必要事項を調べて事前にほぼ完成状態で赴いたのが全くの無駄。
今回のケースでは「区分変更」に該当するとのことで
改めて窓口での手続きとなり、意図した時間短縮は図れなかったのです。

 手続き時には被保険証や介護保険資格者証などを持参すれば
記入事項は全て対応が可能です。

 通常の後期高齢者被保険証を用意する方もいるようですが
これは介護保険の手続きには必要ないとのことでした。
介護保険被保険者証、同資格者証、負担割合証の3つを
予め用意しておけば手続きはスムースに終えることになります。

 問題はこれらの保管場所の情報を親と共有しているかどうかです。
今回の事例では上記3つのうち負担割合証が全く見つからず
介護保険被保険者証は区分変更で更新となったため
新規発行となりました。

 介護保険被保険者証は手続き後に書留で郵送されるため
確実に受け取れる住所を届け出ることになります。
今回のケースでは子供の住所宛で手続きを済ませたようです。

 負担割合証は先の介護保険資格者証と申請に出向いた方の
公的な身分証明書(運転免許証でOK)を持参して窓口で申請すれば
即日発行されるとのことでした。 

 退院後の速やかな新生活を目指すのであれば
介護保険の手続きの為にまずは原本の存在の確認、
本人から聞き出すことが出来なければ再発行の手続きを
市区町村の当該窓口に相談することが必要になります。

 余談ですが、このケースでは自宅と病院、市役所が
全くバラバラに立地しており移動だけでも結構な時間がかかったそうです。

※介護保険に関しては後日別途紹介したいと思います。
 

 

【ひとり暮らしの備えについて】

 ここで今までの話の中から
何が良かったか何が悪かったかをまとめてみました。

 良かった点)
 ・日頃から非常時の持ち出し品を整理収納していた
 ・見守り契約を締結して孤立や放置を防止できるように備えた
 ・個人情報をまとめておいた(既往症、常用薬、通院履歴、連絡先等)

 悪かった点)
 ・自己過信?で大きな事故を引き起こした
 (過去の尻もちやよろめきを軽視)
 ・懸案事項の優先順位がバラバラだった
 (事故後の動揺のせいか?)
 ・介護サービス等の決断をズルズル引き伸ばしていた

 

 最初の転倒時、もし誤信号の発信がなければ
見守りサービスのスタッフは来訪していません、
ひとりで散歩に出ようとして転倒していたら
日曜午前で一通りはなく、もともと閑静な住宅街なので
クルマの往来も無きに等しい環境でしたので
結果的には、見守りサービス契約のおかげで
迅速な搬送に繋がったとも言えるのではないでしょうか?
 
 さらに室外でのアクシデントだった点も幸いでした。
これが室内の奥まった場所だったら?
誰にも発見はされず、放置状態だったことは明白です。

 こんな巡り会わせは二度はないでしょう、
とはいえ、子供から見れば「だから言わんこっちゃない!」
さっさと介護サービスを決めておけば、
施設への入所などをもっと真剣に考えてくれれば
 等の想いが湧き上がっても当然でしょう。

 いやな言い方ですが、
下半身の怪我であり手も口も頭も正常なままです。
歩けないおかげでせん妄からの異常行動にも制限が
加わって、介護側の負担は限られた範囲に留まりました。

 子どもさんとの会話の最後には
「今回はきつめのお灸をすえたからよく今後の生活を考えなさい
 二度目は、無いものと思うように!」といった天の声、
もしくは先に逝っている母からの声と父には伝えますとのことでした。

 

 

【終わりに】

 蛇足になりますが、本人にとっては重大案件ですが
周囲が気付きにくい案件にも要注意です。

 以下に笑えないトラブルをいくつか紹介します。

・慢性便秘で常用薬が欠かせないのに日帰りと判断した為
 病院に持参せずにそのまま入院、ひとり暮らしの為
 自宅から回収すること出来ず病院の提供する慣れない投薬で
 よけいに体調を悪化させた。

・聴覚障害で補聴器が必須の方が予期せぬ入院に。
 補聴器は持参したものの電池の予備を自宅に置いてきたため
 2日後から筆談に追い込まれた。
 この方もひとり暮らしでした。

・上記のように体調疾患の必需品ではありませんが
 スマホは肌身離さず持ち歩いているものの充電器を
 置き忘れたまま想定外の入院となり早々に電池切れ。

 もとより病院内ですから病室での使用は難しかったのですが
 問題は全ての連絡先をスマホに集約していたことでした。
 かろうじて会社と離れて暮らす親族の番号は覚えていたものの
 得意先の直通番号や個人携帯、他で予約していた病院、
 定期購入している通販商品や新聞等の連絡先はお手上げ。

 自宅のパソコンにバックアップは取っていたそうですが
 本人が外出困難なため第三者に依頼するしかないが
 ひとり暮らしの我が家に侵入されるのに抵抗を覚え
 結局外部との連絡を絶たれたまま入院生活を続けたそうで
 入院中は相当なストレスになったそうです。
 
 ちなみにこの方、退院後は全データをプリントアウトして
 スマホと同じように肌身離さず持ち歩くようにしたそうです。

 若い世代でも緊急搬送時にはまさかのものを忘れることは
当たり前のように起こります。

 まして高齢の、それもひとり暮らしとなれば…

 やはりこうなることを想定したうえでの備えを
日頃から怠らないことに尽きます。

 例えば自力での病院行きが難しい場合には
(救急車、タクシー、知人のクルマでの搬送等)
入院前提での持参品を用意して、必ず携行する等の
自己防衛のためのルールを設けるのもいいでしょう。
 
 対外的なことに関しては遺漏なく対応していても
ここで書いたように自分自身のことを失念するケース、
ひとり暮らしではその後の対応自体が困難になります。

 別居している家族がいるならば随時情報の共有を、
全くのおひとり様であれば周囲の人との繋がりや
目につくところに自分の情報をまとめたノート等を
用意しておくなど、最後は自らの発信で対応するしかありません。

 まだまだ元気だから
 自分には関係ない
 そろそろ考えるつもりだった

あとからいくら後悔しても何の意味もありません。

 

 年齢に関係なくおひとり様は自己責任で身を守る。
 常に最悪を考慮して最善の備えを!

 こういう姿勢を身につけておきたいものですね。

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この記事の著者

寺田 淳
寺田 淳寺田淳行政書士事務所 代表
東京は新橋駅前で「寺田淳行政書士事務所」を開業しています。
本業では終活に関連する業務(相続、遺言、改葬、後見、空家問題等)を中心とした相談業務に従事し、さらにサラリーマンからの転身という前歴を活かした起業・独立支援に関する支援業務やセミナー講演等を開催して、同世代の第二の人生、第二の仕事のサポートも行っています。

主に以下のSNSで各種情報を随時発信しています。
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