【はじめに】
今日のタイトルは実際の相談者との世間話の中で
見えてきたシニア世代になってからの「我が身の境遇」
これが見事なまでに対照的なケースがあったことで
採り上げてみたものです。
「なる」と「される」の決定的な違いとは?
【一人になる、なりたい時になれる】
いつもつるむようなことはないものの、
必ず何かの集まりの際には名前が出てくる存在、
彼に頼めば多くの仲間が参加してくれる(はず)
期待値が常に高い人と言うのは必ず存在します。
決して常連とだけつるむという事はなく
60代にして新しい趣味や仕事に関心を持ち、
独りになる時間を必ず生む出すような人、
一見すると孤独なのですが、決して孤立していません。
いわゆる「孤高の存在」とでも言うのでしょう。
見栄を張る訳でもなく、虚勢を張ることもない。
孤高と言うと何となく「カリスマ」とか
「リーダー」と言う捉え方をしがちですが、
要は仲間との世界と自分だけの世界を
バランスよく使い分けることが出来る存在だと思います。
何となく彼がいると話がまとまる、集まりやすい…
機械で言えば潤滑油でありボールベアリングのような
タイプだと私は思っています。
一人の時間を楽しむことと
社会や仲間とのコミュニケーションも
絶妙の距離感でバランスよく保っていける。
敢えて一人の世界に飛び込むことも厭わない。
会社組織で言えば、
命じられるままに回転するその他大勢の歯車ではなく
この歯車が動かなければ会社組織が動かない、動けない
ただ一つの歯車のような存在です。
【独りにされる、気付けば独り】
これに対して気の毒なのがこちらのパターンです。
会社時代には同期会の飲み会や残業後に自然発生的に集まった
お疲れ会などの場に「呼ばれていない」
退職後のOB会も開催後の話をFacebook上で発見し
会の開催の事実を1週間後に知った。
最後の砦のはずの家庭でも退職後に時間を持て余していると
体よく散歩や映画などを勧められ(強制され?)
夕方まで時間を潰す為だけに街中を放浪?
逆に出かけようとしたときに限って留守番を頼まれ
自分以外の家族は揃って外出してしまう。
書いているだけでも悲惨な空気を感じますが、
この手の愚痴を口にする50代60代を何人も相手しました。
概ねこの手のタイプは「誘われたら参加する=参加してやる」
という受動的な行動が目立つようです。
当然ながら自分が主催者になる気はないようです。
(自分でも呼び掛けても誰も来ないことを自覚している?)
前段の事例に比べ、一見「孤独」に見えますが
実態は「孤立であり孤絶」という状態と言えるでしょう。
【終わりに】
あえて、1人で行動する、1人の時間を楽しむ
孤独を能動的にコントロール出来る、
理想的な孤高の存在となる。
周囲と接点を持ちたがる反面、
自分から行動することがなく、受動的な姿勢で
孤立し、孤絶に至る…
この極端な差はどこから生じてしまうのか?
ここからは私の私見となりますが、
やはり「人望」という点が大きく影響していると思います。
ただ、
この才能は天賦の才ではなく、
自分の努力や行動の見直しで
確実に身に着けられるものと考えています。
前述しましたが
これは決してカリスマやリーダーだけの
素養ではないのです。
事実、会社時代でも仕事面ではやや不安があるものの
何か憎めない、一緒に仕事をしたくなる「凡人」でも
その後の公私の集まりには欠かせない存在感を放ち、
リタイア後には幹事や趣味の集まりでは代表になったという話、
少なくないのです。
私が開業以来心がけている言葉の一つに
「魅は与によって生じ、求によって滅す。」があります。
自然に人が集まる、OB会の幹事を頼まれる。
何かあるときは必ずと言っていいほど声がかかる。
こういった方は他人の為に動くことを厭わない。
人任せに出来ない、共に行動することが自然に出来ている。
まずは相手に(下心なく)与えることで
信頼と好意を生じるのでしょう。
これに対し、
まずは求めることに執着するような方は
他人から依頼されることも嫌います。
行動よりも言い訳が先に立ちます。
当然、周囲からは敬遠され、
最後には嫌悪、忌避されて人脈は先細りになります。
与によってプラスの評価=魅力になり
求によってマイナス評価=悪評となります。
結果には行動が伴うことはここでも同じことです。
残念な話になりますが、60代で「求ばかり」という場合、
修正はかなり困難です。
今までの繋がりを追い求めるのではなく
新たな交流相手を自ら動くことで探し出す。
過去の自分の短所を知られていない相手なら
「与」がまだ間に合うはずです。
事実、万事控えめでもっと自己アピールをすればいいのに!
といったタイプの方が再就職や転職で大いに成功を収める、
起業・開業後に元の会社の部下や同僚が自然に集まるといった
スタートダッシュに成功するケースが見受けられます。
この反対に以前は会社役員といった方、
非常に押し出しが強く、過大な自己PRが目立つ方ほど
第二の仕事の定着が今一つ芳しくありません。
肩書や看板を外された時にこそ
個人の魅力だけが人が集まるか否かの決め手になります。
さて60代の貴方は、どちらのタイプに属するでしょう?
この記事の著者

- 寺田淳行政書士事務所 代表
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東京は新橋駅前で「寺田淳行政書士事務所」を開業しています。
本業では終活に関連する業務(相続、遺言、改葬、後見、空家問題等)を中心とした相談業務に従事し、さらにサラリーマンからの転身という前歴を活かした起業・独立支援に関する支援業務やセミナー講演等を開催して、同世代の第二の人生、第二の仕事のサポートも行っています。
主に以下のSNSで各種情報を随時発信しています。
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